開かれた病院づくり
時間的、空間的、内容的に開かれた病院
ぼくたちは、「地域に開かれた病院づくり」をめざしてきた。

開かれた病院というからには、次の三つの条件が満たされているべきだとぼくは思う。「時間的」に開かれていること、そして、「空間的」かつ「内容的」に開かれていること。これらがそろっていないと、本当に開かれた病院とはいえない。
諏訪中央病院が、地域から見放され、累積赤字四億円のつぶれかけた病院だった時でさえも、ぼくたちは、市民がいつでも来やすい開かれた病院、という志だけは忘れることはなかった。
ぼくたちは、まず、時間的に開かれた病院をめざして、二十四時間患者を断らないということから始めた。
今まで、病院は、病気を治す、という一点に集中した場所になりがちだったが、それだけではなく、健康に生きるためのノウハウを提供することも重要だと思う。病院で、病気にならないための方法を教わり、さらには、生と死について学んだりしたっていいはずだ。
病院という場所は、病気を治すだけではなく、たくさんの隠れた能力をもっている。たとえば、車いすの安全な押し方とか、寝たきり老人の介護方法とかいった知識の集積があり、病院を、空間的、内容的に開くことで、地域の人々にそれらのノウハウを伝えることができる。
空間的に開かれれば、市民が病院に自由に出入りすることになる。ボランティアが入ったり、写真展などの催しがあったり、講演会や勉強会を目的に、いわゆる、病気ではないさまざまな人たちが頻繁にやってくることで、病院も変わっていく。
診療を受けない人たちからは、「病院はもっとこうあるべきだ」とか、「職員の態度はこうあるべきだ」などといった意見や要望が出やすくなる。こんなふうに、市民と病院が自由に交わることで、病院自身が変わる貴重なチャンスを得られるのだ。だからこそ、市民に対して、いつでもウェルカム、歓迎しますという場でありたいと願ってきた。
内容的に開かれた病院をめざして、ぼくたちは、市民参加の催しを積極的に開いてきた。
たとえば、諏訪中央病院で開いている「ほろ酔い勉強会」という市民のための健康教室は今年で百五十回目を迎える。定期的に、老人保健施設「やすらぎの丘」で介護教室を開いたり、さらに、県からの委託で、年間約五十回もの介護研修を行ったこともある。高齢者問題を解決していくためには、住民の意識改革が重要だが、諏訪中央病院は、学ぶ場所をその機会を提供する役割を、これまで果たしてきたのだと思っている。
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